三夜沢赤城神社(前橋市) |
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三夜沢赤城神社 |
三夜沢赤城神社:動画
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| 名 称 | ・三夜沢赤城神社 |
| 読み方 | ・みよさわあかぎじんじゃ |
| 場 所 | ・群馬県前橋市三夜沢町 |
| 備 考 |
三夜沢赤城神社:由来・歴史・概要
・三夜沢赤城神社が何時頃開創されたのかは判りませんが、赤城山を御神体とする古代人の素朴な自然崇拝が信仰の源流だった可能性があります。
古墳時代には上野国造を担った上毛野君が奉斎したと見られ、系譜上、上毛野君は当社の祭神である豊城入彦命の後裔に位置付けられています。 又、三夜沢赤城神社本殿東側の群馬県指定天然記念物に指定されている「たわら杉」から赤城山山頂へと続く、旧登拝道の数キロ先には「櫃石」があり、周辺からは国の重要美術品に認定された「翡翠の勾玉」や「あまのたくじり」、「土師器」、「滑石模造品」等約100点の遺物が発見されています。 これらの事から、「櫃石」は古墳時代の6世紀中頃の祭祀場と推定され、貴重な事から群馬県指定史跡に指定されています。 現在は天津神地津神を祭った盤座とされますが、「櫃石」の位置からも赤城山の遥拝場だったとも考えられる為、少なくとも赤城山は古墳時代には既に信仰の対象となり祭祀が行われていたと思われます。 当社の祭神と思われる赤城神は格式が高く、承和6年(839)に従五位下、貞観9年(867)に正五位下、貞観11年(869)に正五位上、貞観16年(874)に従四位下、元慶4年(880)に従四位上に列格し、延喜式神名帳には名神大社として記載されています。 ただし、赤城神を奉斎する神社は複数あり、特に赤城山の山頂付近に鎮座している大洞赤城神社と麓に鎮座している二宮赤城神社がそれぞれ赤城信仰の本社を自称しています。 中世に入ると神仏習合し、赤城山を構成する一つ地蔵岳を御神体、その本地仏として地蔵菩薩を奉斎する東宮が13世紀末期から14世紀初期頃に成立し、別当寺院竜赤寺が祭祀を司っています。 一方、貞和元年(1345)頃には赤城山の山頂にある小沼を御神体、その本地仏として虚空蔵菩薩、大沼を御神体、その本地仏として千手観音を奉斎する西宮が成立し、別当寺院神光寺が祭祀を司っています。 ただし、西宮の旧境内と推定される元三夜沢(前橋市粕川町室沢字御殿)には平安時代の遺跡と推定される礎石や遺物が発見されている事から、西宮の創建は平安時代まで遡るかも知れません。 又、平安時代の寺院遺構と見られる宇通遺跡(前橋市粕川町中之沢)は赤城神社の旧鎮座地の可能性があり、平安時代初期に建立された山上多重塔との関係性が窺えます。 戦国時代に入ると、東宮が西宮に対して有利となり、山頂の大洞赤城神社は衰微し、天正4年(1576)には麓の二宮赤城神社が小田原北条氏に従った南方氏の焼き討ちによって大きな被害を受けた為、三夜沢赤城神社東宮が赤城信仰の中心的な役割を担うようになりました。 江戸時代に入ると庶民からも篤く信仰され、慶長17年(1612)には大前田村(現在の前橋市大前田町)出身の彦兵衛が参道に約1200本の松の苗木を植樹、現在も樹齢400年を越える松並木が残されており、美しい日本の歴史的風土準百選に選定されています。 境内地は大胡藩の藩領だった事から藩主である牧野家から崇敬庇護され、慶長18年(1613)には2代藩主牧野忠成が神領50石を寄進しています。 元和2年(1616)に発生した大坂の陣で戦功を挙げた牧野忠成が長峰藩に移封になると大胡藩は廃藩となり、外護者を失いましたが、その後は幕府が庇護し、慶安2年(1649)には3代将軍徳川家光が社領50石の朱印状を発布しています。 社運も隆盛し、宝暦12年(1762)には東宮が正一位、明和2年(1765)には西宮が正一位に列格しています。 参道には東宮の神官家である奈良原家や西宮の神官家である眞隅田家等の邸宅が門前町を形成し、元禄11年(1698)には29戸、天保12年(1841)には17戸の社家が軒を連ねていました。 寛政12年(1800)、前橋藩の庇護を受け再興を果たしていた大洞赤城神社が、その威光を受け赤城山信仰の「本宮」や「本社」を掲げていた事から、享和2年(1802)には幕府の寺社奉行へ訴えています。 明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され、明治4年(1871)郷社に列格し、明治12年(1879)県社に昇格しています。 明治2年(1869)に東宮があった地に社殿が造営され、西宮にその動きが見られなかった事から、この頃に東西の統合が図られたと見られ、当時に建てられた神明造の本殿と四脚門形式の中門が貴重な事から群馬県指定文化財に指定されています。 三夜沢赤城神社の境内は荘厳な雰囲気で、心鎮まるパワースポットとしても知られ、特に年末年始は多くの参拝者が訪れています。 又、祭神の「大己貴命」は縁結び、夫婦和合、「豊城入彦命」は戦勝祈願に御利益があるとして信仰されています。 ・群馬県の四脚門形式の建物・群馬県の高麗門形式の建物 ・群馬県の石畳 三夜沢赤城神社:動画
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