新屋山神社

  全国の歴史的(遺跡・遺構・遺物・建造物)>新屋山神社

新屋山神社
新屋山神社
新屋山神社
新屋山神社
新屋山神社
新屋山神社
読み方 ・あらややまじんじゃ
祭 神 ・大山祗命
場 所 ・山梨県富士吉田市新屋4丁目
備 考
新屋山神社:由来・歴史・概要

新屋山神社は天文3年(1534)に開創したと伝わる神社です。

新屋山神社の奥社は富士山2合目に鎮座し、その地は「へだの辻」と呼ばれていました。

山梨県の富士山麓ではイチイの事を「ヘダ」と呼ぶそうで、山中湖村と忍野村では村の木として指定されています。

当地にも「ヘダ」の木が自生し、その木の根の上に赤く光る石があり、住民達は石祠を設けて信仰の対象としたそうです。

又、ハラ(草地)とヤマ(林地)との境だった事から、山仕事に入る際や里に戻る際の休憩所として利用された為、所謂、結界神の類いだったのかも知れません。

周辺住民からは「ヤマノカミ」と呼ばれ、生き神様と見立てられていた事から、神域での植物や動物の採取が禁じられていました。

万が一木を伐採した際には、必ず同種の苗木を植樹しなければならないとの約束事がありました。

「ヤマノカミ」は山仕事や荒仕事を生業とする人達の守護神で器用だった事から、曇り雲以外は何でも造れたと伝えられています。

又、日頃から「ヤマノカミ」を信仰していた老婆が、牛を引いて当社の前を訪れた際、急に牛が暴れ出し老婆が牛に蹴り飛ばされそうになった刹那、「ヤマノカミ」からの助言を受け手綱を放し事なきを得たと伝えられています。

明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され、県社に列格しています。

明治23年(1890)に幣殿と拝殿が造営され、昭和9年(1934)に本殿を再建した際に末社浅間社と大神社を合祀しています。

現在の拝殿は昭和48年(1973)に造営された建物で、木造平屋建て、切妻、銅板葺き、妻入り、桁行3間、正面1間唐破風向拝付。

向拝蟇股には龍、懸魚には鳳凰、木鼻には獅子の彫刻が施され、拝殿正面には天狗面が掲げられています。

特に金運に御利益があるとして信仰を集め、石川県白山市に鎮座している金劔宮と千葉県館山市に鎮座している安房神社と共に日本三大金運神社に数えられています。

本宮拝殿にある御神石は「ヤマノカミサマ」にお伺いを立てる石で、御神石を3度持ち上げ、2度目が一番軽く感じられると、お伺いは叶う、それ以外は叶わないと云われています。

作法は両手を合わせて一礼し、「ヤマノカミサマ」に挨拶を行い、御神石を持ち上げて下ろすと、石の頂上を額に当てお伺いを立てます。

それが終わったら、2度目の御神石を持ち上げて下ろす行為を行い、両手を合わせて一礼し、感謝の意を「ヤマノカミサマ」に伝えます。

最後に3度目の御神石を持ち上げて下ろして終了となります。

奥社境内には環状列石(ストーンサークル)の中心に石祠があり、参拝の作法は正面で2礼2拍手1礼を行い、サークルを回ると不敬にあたる為、行ってはいけないと云われています。

新屋山神社が授けている「神玉」と呼ばれる木製の玉は神様の力が宿ると云われ、北口本宮冨士浅間神社、冨士御室浅間神社、小室浅間神社、新倉富士浅間神社、山中諏訪神社、冨士山小御嶽神社で授けている全ての「神玉」を集め、神紐で繋げて身につけると願い事が叶うと云われています。

現在は金運エネルギーに満ちた日本一の金運神社と評され、金運上昇、商売繁盛、農林業繁盛等に御神徳があるとして多くの参拝者が訪れています。

特に奥宮の境内は良質なエネルギーが満ちているイヤシロチと云われ、パワースポットとしても知れています。

新屋山神社:付近地図
MapFanで大きな地図を見る

山梨県の鳥居・探勝のリンク
船形神社平岡諏訪神社勝手神社万力金櫻神社岡八幡神社酒折宮赤沢宿上条集落
武田神社甲斐善光寺金櫻神社新屋山神社北口本宮冨士浅間神社冨士御室浅間神社
見延山久遠寺乾徳山恵林寺河口浅間神社
※リンクは自由ですが、文章や画像のコピーは禁止しています。何かありましたらメールしてください。
プライバシーポリシーはこちらです。