徳常院

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徳常院
徳常院
徳常院
場 所 ・神奈川県小田原市本町3丁目
備 考
徳常院:由来・歴史・概要
・徳常院は戦国時代末期から江戸時代初期頃に至明宗順(伯耆国出身、元和4年:1618年8月24日卒)が開山した曹洞宗の寺院です。 明和年間(1764〜1772年)に発生した火災により大きな被害を受けた為、古文書や記録も焼失し、これ以前の由緒が失われています。 嘉永元年(1848)に当寺十九世素岳大童が再興を果たしています。

徳常院に安置されている大仏は正徳3年(1713)、江戸吉祥寺の小姓吉三郎が駒込にあった八百屋のお七の菩提を弔う為建立したものと伝えられています(像の銘にによると心誉常念が発注し太田駿河守:鋳物師が製作)。

当初は箱根芦ノ湖畔の賽の河原にあり箱根神社の別当であった金剛王院が管理していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により金剛王院が廃寺となり大仏は売り出されてしまいました。

その後、小田原の商人達が大仏を買い取り徳常院に奉納したとされます。

本尊の虚空蔵菩薩立像は弘法大師空海が彫刻したと伝えられるもので、銅造、像高六寸七分、明応年間(1492〜1501年)に海中から出現した事から当地の漁業関係者から信仰の対象となっています。

以前は毎年旧暦7月16日の夜中に漁業関係者が船を浮かべて108本の松明を掲げ海岸で施餓鬼を修行し海で無くなった人達の供養を行っていました。

徳常院:ストリートビュー
徳常院:付近地図

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