大久寺

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大久寺
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大久寺
場 所 ・神奈川県小田原市城山4丁目
備 考
大久寺:由来・歴史・概要
・大久寺の創建は天正19年(1591)、小田原藩初代藩主大久保忠世が日英(遠州二俣:自得院の僧)を招いて開山し歴代大久保家の菩提寺としたのが始まりと伝えられています。

大久保忠世は早くから徳川家康に従い二俣城主に抜擢され、天正18年(1590)の家康の関東移封に伴い、小田原城の城主4万5千石の知行を安堵されています。

その際、二俣に境内を構えていた自得院の住職である日英を帰依していた事から小田原の石垣山三の丸(古称聖人屋敷)に招き天正19年(1591)に堂宇の整備が整うと同時に当寺を開山しています。

慶長19年(1614)2代藩主忠隣が改易になると衰退しますが寛永10年(1633)、忠隣の2男である石川忠総が江戸下谷に境内を移し再興しています。忠隣の孫である忠朝の代に大久保家再興が許され再び小田原藩主に復し、大久寺も随行し現在地に境内を移しています。

境内には縦4.55m、横6.88mの歴代大久保家の墓域があり、右から3代大久保忠常、2代大久保忠隣、藩祖大久保忠世、大久保忠良(忠勝五男)、大久保忠勝(忠俊の子)、大久保忠俊(忠世の伯父)、大久保忠良の娘の墓が建立されています。

大久保家の墓域は貴重な事から名称「大久保一族の墓所」として昭和39年(1964)に小田原市指定史跡に指定されています。

本堂は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、正面1間向拝付、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、内部の内陣には本尊となる阿弥陀如来像が安置されています。

大久寺:ストリートビュー
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