小田原城大手門 |
| 全国の歴史的(遺跡・遺構・遺物・建造物)>小田原城大手門 |
小田原城大手門 |
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| 場 所 | ・神奈川県小田原市本町1丁目 |
| 備 考 |
小田原城大手門:由来・歴史・概要
・案内板によると「 この場所は、江戸時代の小田原城の大手門があった所です。この門を入ると西側一帯は三の丸となり、道の両側に小田原藩の家老級の屋敷が並んでおりました。
それまで箱根口付近にあった大手門を、稲葉氏が城主であった寛永10年(1633)に、三代将軍徳川家光が京都に上るのに備えて、江戸に向く現在地に移し、大手門前までの道は将軍家が小田原城に入るための、御成道として整備され、東の入口であった江戸口見附も、国道一号線沿いの現在の位置に移されました。 大手門の造りを元禄時代ごろの絵図で見ると、三の丸の堀に架かる土橋を渡ると、外からの攻撃や敵の侵入を防ぐための、馬出と呼ばれる空間があり、更に冠木門と呼ばれる門から、枡形と呼ばれる四角い空間に入ります。 この枡形は、櫓門や石垣、塀で囲われており、厳重で、立派な門であったことが分かります。 小田原市教育委員会 」とあります。 小田原城の三之丸は二之丸、御用米曲輪、南曲輪を取り囲むような広大敷地を有し、周辺から出入り出来るように東の大手口、北の幸田口、南の箱根口等、4つの門がありました。 当初の大手門は箱根口にありましたが、稲葉氏が城主だった時代に現在地に遷されています。 大正時代には大手門の石垣の上に元浜手口にあった鐘楼が遷され時の鐘が設けられましたが太平洋戦争時に供出された為、昭和28年(1953)に小田原寺院団の尽力で再建され現在でも午前6時と午後6時には鐘が打たれ市民に時間を知られています。 小田原城大手門跡は貴重な事から国指定史跡に指定されています。 |
小田原城大手門:ストリートビュー |
小田原城大手門:付近地図 |
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