正恩寺

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正恩寺
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正恩寺
場 所 ・神奈川県小田原市本町4丁目
備 考
正恩寺:由来・歴史・概要
・正恩寺の創建は不詳ですが、平重盛の家臣とされる平重好入道了願が尾張国海東郡富田庄で開山したのが始まりと伝えられ、現在の本尊の胎内仏は平重盛が崇敬し鳥仏師が彫刻し了願が本尊として奉斎したものとされます。

その後、了順の曾孫に当たる専信によって三河国額田郡土呂に移されています。

戦国時代には二俣城の城主大久保忠世の嫡男忠隣の正室妙賢院(推定:石川日向守家成の娘)が深く帰依しました。

天正9年(1581)に大坂石山合戦が発生すると教如からの要請により順誓が兵糧を送った事から、その功績により無図画の影像等を賜っています。

天正18年(1590)、徳川家康の関東移封に伴い忠世が二俣城から小田原城へ移封になると妙賢院が正恩寺の僧である信賢を招き文禄2年(1593)に境内を移し自らの菩提寺としました。

寛永元年(1624)に妙賢院が死去すると戒名「妙賢院円空禅尼」が与えられ当寺の中興開基となっています。

尾州国(愛知県)から三州(三河国=静岡県)、相州(相模国=神奈川県)と境内を遷した事から「尾三相州転遷之道場」とも呼ばれています。

山門は寛政5年(1798)に建てられたもので、入母屋、桟瓦葺、一間一戸、桁行2.74m、梁間2.34m、上層が鐘突堂になっている所謂鐘楼門形式、棟梁は小田原出身の牧岡藤左衛門・西田平七・松野作右衛門が手懸けています。

正恩寺山門は江戸時代中期に建てられた小田原市内に残る数少ない楼門建築の遺構として貴重なことから平成4年(1992)に小田原市指定文化財に指定されています。

境内には中興開基となった妙賢院の墓や吉川英治の先祖の墓等が建立されています。

宗派:浄土真宗大谷派。本尊:阿弥陀如来。

正恩寺:ストリートビュー
正恩寺:付近地図

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