北条氏政・氏照の墓

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北条氏政・氏照の墓
北条氏政・氏照の墓
北条氏政・氏照の墓
場 所 ・神奈川県小田原市栄町2丁目
備 考
北条氏政・氏照の墓:由来・歴史・概要
・戦国時代、小田原城を中心に関東一円に派を成した北条氏政の墓です。氏政は天正18年(1590)の小田原の役で豊臣秀吉に敗北し小田原城は落城、弟の氏照と共に城下にある田村安斎邸で自刃しました。

遺骸は北条氏の菩提寺である伝心庵に葬られましたが、庇護者がいなく衰退しました。

小田原藩主が稲葉氏の時代(寛永9年〜貞享2年:1632〜1685)に放置されていた墓碑を整備し北条氏を追悼しています。墓は右から氏政夫人(五輪塔:高さ115cm)、氏政(滋雲院殿勝岩傑公大居士・五輪塔:高さ73cm)、氏照(青□院殿透岳關公大居士・五輪塔:高さ63cm)のもので正面の平らな石(生害石:長さ115cm・幅78cm)は氏政と氏照がこの石の上で自刃したと伝えられています。

大正12年(1923)に発生した関東大震災により埋没し行方不明となりましたが、大正13年(1924)に地元の有志によって再興されています。

北条氏政・氏照の墓は貴重な事から昭和32年(1957)に小田原市指定史跡に指定されています。

北条氏政・氏照の墓:ストリートビュー
北条氏政・氏照の墓:付近地図

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