居神神社 |
| 全国の歴史的(遺跡・遺構・遺物・建造物)>居神神社 |
居神神社 |
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| 場 所 | ・神奈川県小田原市城山4丁目 |
| 備 考 |
居神神社:由来・歴史・概要
・居神神社の創建は不詳ですが伝承によると永正17年(1520)に三浦荒次郎義意の御霊を勧請したのが始まりと伝えられています。
三浦氏は桓武平氏一族の後裔で、古くから三浦半島一帯を支配していましたが、戦国時代に小田原城の城主北条早雲の台頭により領内が侵攻され永正9年(1512)には居城である相州岡崎城が攻められています。 当時の城主三浦道寸義同は岡崎城を放棄し支城の住吉城に立て籠もるも、こちらも落城し子供の三浦荒次郎義意が城主を務める新井城に入りました。 新井城は要害堅固の堅城で、北条勢の猛攻を3年間凌いでいましたが永正13年(1516)兵糧も尽きた為、城を打って出たもの敗北を喫し義同は自刃しています。 残された三浦荒次郎義意は単騎で北条方の大軍に攻めかかり白樫の八角棒を振り回し500の兵を討ち取ったものの最後は力尽き自刃しています。 義意の首は現在の境内付近にあった松の大木の枝に吊るされ3年間目を見開き通行人に睨みを効かせていました。 目があった通行人は具合が悪くなったり死亡する人が続出した為、久野総世寺の忠室和尚が義意の霊を慰めました。義意はこれよりこの地の守護神になると告げ成仏した為、忠室和尚は祠を建立し義意の霊を祀ったのが居神神社の起こりとされています。 又、境内にある古碑群は五輪塔線刻碑(塔の高さ:51.1cm・五輪塔の高さ36.4cm)、五輪塔線刻碑(塔の高さ70.0cm・五輪塔の高さ44.0cm)、五輪塔陽刻碑(塔の高さ67.5cm・五輪塔の高さ42.5cm)、文保元年銘板碑(文保元年:塔の高さ140.0cm・巾42.5cm)、元亨二年銘板碑(元亨二年:塔の高さ140.0cm・巾51.55cm)で構成されているもので貴重な事から昭和32年(1957)に小田原市指定重要文化財に指定されています。 居神神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅瓦棒葺き、平入、桁行3間、正面1間唐破風向拝付、外壁は真壁造り板張り。 |
居神神社:ストリートビュー |
居神神社:付近地図 |
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