手長稲荷神社の鳥居

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手長稲荷神社
手長稲荷神社
手長稲荷神社
手長稲荷神社
手長稲荷神社
手長稲荷神社
名 称 ・手長稲荷神社の石鳥居
読み方 ・てながいなりじんじゃのいしとりい
祭 神 ・倉稲魂神、大山祇神、天照大神
場 所 ・山形県上山市細谷上原(鳥居)・角坊(社殿)
建築年 ・明治17年=1884年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・石造(永野産)
形 状 ・−
製作者 ・宮脇の石工
奉納者 ・−
文化財 ・上山市指定文化財
評 価 ★★★★★★★☆☆☆
感 想
備 考
手長稲荷神社:由来・歴史・概要

・手長稲荷神社は享保9年に細谷村出身で一滴と名乗る行者が、四国八十八箇所霊場のお遍路で讃岐国を訪れた際、中村に鎮座していた手長稲荷大明神から御霊を当地に勧請し開創したと伝わる神社です。

寛政年間に境内に万年堂が造営された事で手長森大明神と呼ばれるようになり、広く信仰されるようになると拝殿や本殿が整備されました。

古くから神仏集合し、上山三十三観音霊場第8番霊場細谷村観音で曹洞宗の開雲山春光院が祭祀を司ってきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により寺院祭祀が困難になった事から明治7年以降は両所家が神官として祭祀を担うようになっています。

明治17年には宮脇の石工が永野から唯土橇で運んだ石材で一の鳥居が造営されています。細谷石造大鳥居は貴重な事から昭和58年に上山市指定文化財に指定されています。

大正8年には氏子や信者の浄財により拝殿が再建され、大正9年には村社に列格しています。

拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、外壁は真壁造り板張り、三方縁高欄付き。本殿は一間社流造、銅板葺き。

参道には数多くの朱色の鳥居が奉納されており信仰の篤さが窺えます。

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