黒岩神社の鳥居 |
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黒岩神社 |
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名 称 | ・黒岩神社の鳥居 |
読み方 | ・くろいわじんじゃのとりい |
祭 神 | ・伊邪那岐命、伊邪那美命 |
場 所 | ・岐阜県加茂郡坂祝町黒岩字前山 |
建築年 | ・享保6年=1721年・銘:享保六辛丑拾月吉日 |
種 類 | ・明神鳥居 |
材 質 | ・石製 |
形 状 | ・− |
製作者 | ・− |
奉納者 | ・− |
文化財 | ・坂祝町指定文化財 |
評 価 | ・★★★★★★★☆☆☆ |
感 想 | ・この鳥居は対面に鎮座してる白山神社の鳥居でもあり「両面鳥居」とも呼ばれているそうです。多分、境内地が対面し社号に「黒」と「白」をそれぞれ掲げている事から、両社一対の関係だったと思われ、例祭で行われる神輿渡御では500m程離れた白山神社まで御神体が御渡りになります。又、春と秋の彼岸の中日にこの鳥居を潜ると無病息災に御利益があると信仰されています。 |
備 考 |
黒岩神社:由来・歴史・概要
・黒岩神社は何時頃開創されたのかは判りませんが、伝承によると天喜年間に開創したとも既に鎮座していたとも云われ、例祭で奉納された囃子は平安時代中期を起源とすると伝えられています。
又、永承6年から康平5年に発生した前九年合戦の際に源頼義の次男である賀茂次郎義綱が中山道を進軍中に当社で戦勝祈願を行ったと伝えられています。 当社が所有する「轡」は義綱が戦勝祈願した際に奉納したと伝わるもので、鉄製、桐の紋、藍染めの総、陰と陽の一対、坂祝町指定文化財に指定されています(17年に一度御開帳されます)。 当初は黒光りする巨石の上に鎮座し、黒石神社とも岩神神社とも呼ばれ毎年彼岸中日は近郊から男女問わず多くの参拝者が訪れたそうで、地名の「黒岩」の由来となっています。 戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名の仙石権兵衛秀久は天文21年に美濃国の土豪・仙石治兵衛久盛の4男として美濃国加茂郡黒岩村で生れた事から所縁があるとも云われ、戦勝祈願を行ったとされます。 江戸時代末期頃には当初の社号が忘れられ八幡神社と呼ばれていましたが、明治40年に総社神社、八幡神社、厳島神社、山神社を合祀し、社号を黒岩神社に復し村社に列格しています。 春の例大祭では坂祝町指定文化財に指定されている獅子頭を先頭に白山神社まで御神輿の神事が行われます。 祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命
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黒岩神社:付近地図 |
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