神明社 |
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神明社石造鳥居 |
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名 称 | ・神明社の石造鳥居 |
読み方 | ・しんめいしゃのせきぞうとりい |
祭 神 | ・天照大御神 |
場 所 | ・愛知県長久手市神門前(旧北熊村) |
建築年 | ・寛文2年=1662年 |
種 類 | ・八幡鳥居 |
材 質 | ・石造(花崗岩製) |
形 状 | ・柱径90p、柱間204p、総高293p、笠木長360p |
製作者 | ・− |
奉納者 | ・− |
文化財 | ・長久手市指定文化財 |
評 価 | ・★★★★★★★☆☆☆ |
感 想 | ・神明社は天照大御神を奉斎する神社である事から、一般的には神明鳥居が採用される例がよく見られますが、当社は何故か八幡鳥居の形式が採られています。これについては諸説あるようです。 |
備 考 |
神明社:由来・歴史・概要
・神明社が何時頃開創されたのかは判りませんが、古くから旧北熊村の鎮守で、境内には4箇所の古墳が築造、当社社殿は4号墳の頂部に建立されている事から古くから聖地として信仰されてきた可能性があります。
一番古い記録としては寛文10年(1670)頃に編纂された「寛文村々覚書」でそこには「神明」と記されており、少なくとも江戸時代初期には存在していた事が判ります。 天保14年(1843)に編纂された「尾張誌」には「神明ノ社・氏神也」と記されており、当地の氏神として奉斎されていた事が窺えます。 明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て明治5年(1872)に村社に列格しています。 神明社の棟札は享保17年(1732)に社殿が造営したものが最古で合計12枚、中には当時の村役人や棟梁等の職人の名前、願文等が記されており貴重な事から長久手市指定文化財に指定されています。 神明社2号墳は7世紀前半から7世紀中期頃に築造された円墳で、東西約19m、墳高2.8m、石室は奥行5.4m、最大幅1.96m、盗掘されていたものの、須恵器や細頸瓶、台付鉢、高坏、長頸瓶、土師器片、金環、山茶碗(中世遺物)等が出土しており、貴重な事から長久手市指定史跡に指定されています。 拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、妻入り、桁行3間、梁間3間、外壁は柱のみの葺き放し。本殿は一段高い高台に建立され周囲を塀と神門で囲っています。
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神明社:付近地図 |
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