牧一宮神社の鳥居

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牧一宮神社
牧一宮神社
牧一宮神社
牧一宮神社
名 称 ・牧一宮神社の鳥居
読み方 ・まきいっきゅうじんじゃのとりい
祭 神 ・大山祇神
場 所 ・京都府福知山市字牧
建築年 ・元禄5年1692年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・石製
形 状 ・高さ5m、幅3.95m、笠木幅7.2m、柱径34cm
製作者 ・理兵衛
奉納者 ・創建5百年目を記念し惣氏子中が奉納
文化財 ・福知山市指定文化財
評 価 ★★★★★★★☆☆☆
感 想 ・やや幅広な印象ですがバランスのとれた鳥居で、笠木の緩やかな反りは優美な雰囲気を感じさせます。
備 考
牧一宮神社:由来・歴史・概要
・牧一宮神社は建久4年に牧氏が当地の領主になった際、旧領時代に奉斎していた駿河一宮である浅間大社から御霊を勧請し開創されたと伝わる神社です。

伝承によると源頼朝が将軍だった時代に駿河国から牧左衛門、牧清左衛門、牧然回、牧出雲守、牧左京亮、福井氏の6人が当地に遷り住み、六人衆と呼ばれたされ、牧氏が駿河国牧出身だった事から、元々大野村と呼ばれていたものの牧村に改められたとされます。

又、大野村時代には吉備大明神を産土神として奉斎され、荒神社と呼ばれていたものの、牧氏が駿河国一宮の御霊を勧請したと伝えられています。

牧氏の出自は不詳ですが平清盛の異母弟である平頼盛に仕えた大舎人允宗親が頼盛が領家として持った大岡牧(駿河国駿河郡大岡牧:現在静岡県沼津市周辺)の荘官を任命され、地名に因み「牧」姓を掲げたのが始まりとされ、本家筋の牧家は鎌倉幕府の御家人となり、執権の北条氏と縁戚関係になる等、勢力を拡大したとされます。

牧一宮神社のその後は十二・立原・野花・上天津・下天津・夷・上大内・下大内の総社として信仰を広げました。

神仏習合し真言宗の下楊柳山大谷寺西方院が祭祀を司り、本地仏として十一面観音像を祭ってきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され、村社に列格しています。

例祭で奉納される練り込み太鼓は江戸時代から伝わるもので京都府指定無形民俗文化財に指定されています。又、祭礼行事の練り込み太鼓と祭囃子は福知山市指定無形民俗文化財に指定されています。

祭神は大山祇神。

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