新勝寺:千葉県成田市

 全国の歴史的(遺跡・遺構・遺物・建造物)>新勝寺
【 概 要 】−平安時代後期の天慶2年(936)に起こった平将門の乱を鎮める為、朱雀天皇の勅命により寛朝大僧正(宇多天皇の孫)が弘法大師空海が自ら彫刻したと伝わる不動明王像を携え、天慶3年(937)に下総国公津ヶ原で祈願すると、見事念願成就しました。

寛朝大僧正は京都に戻ろうとしましたが、不動明王像は全く動かす事が出来なかった為に仏意と悟り、不動明王像を本尊とする新勝寺を創建しました。その後は天皇の勅願寺として帰依され、源頼義、源頼朝、千葉常篤などのから庇護を受けています。

永禄年間(1558〜1570年)に成田村一七軒党代表の名主により成田市並木町にある「不動塚」に境内を移しましたが、戦国時代の兵火などので堂宇が荒廃し衰微しました。

江戸時代に入ると徳川将軍家や、水戸徳川家、歴代佐倉藩主から庇護され寺運も隆盛しました。又、歌舞伎役者の市川團十郎丈が本尊の不動明王を深く帰依し歌舞伎の守護神とした事から「成田屋」の屋号を掲げ、一般庶民にも信仰が広がるようになり、度々江戸でも「出開帳」が行われました。

三重塔は正徳2年(1712)に照範上人の霊夢による御告により発願したもので高さ約25m、宝形、銅板葺、三間四方、外壁は極彩色、内部には五智如来(大日如来・阿しゅく如来・宝生如来・阿弥陀如来・不空成就如来)を安置、江戸時代中期の層塔建築の遺構として大変貴重な事から昭和55年(1980)に国指定重要文化財に指定されています。

参考文献・サイト
・現地案内板
・公式ホームページ−https://www.naritasan.or.jp/
・ウィキペディア(Wikipedia)−https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E7%94%B0%E5%B1% B1%E6%96%B0%E5%8B%9D%E5%AF%BA

新勝寺:付近地図
[ 安房神社(日本神社100選) ]・[ 香取神宮(日本神社100選) ]・[ 日本寺(名刹巡礼 古寺100選) ]・
[ 新勝寺(名刹巡礼 古寺100選) ]
※ このサイトは「ぴあレジャーグループ」の「名刹巡礼古寺100選」で選定された寺院を取り上げています。相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。※リンクは自由ですが、文章や画像のコピーは禁止しています。訂正等何かありましたらメールしてください。 ※プライバシーポリシーはこちらです。※運営者情報はこちらです。