湯郷温泉: かさね岩 |
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かさね岩 |
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美作国湯神社:由来・歴史・概要 |
| ・案内板によると「 むかしむかし、この地方に大きな大きな大男がいました。その男の名はさんぶ太郎と言いました。
ある日、さんぶ太郎が那岐山に腰かけて昼めしをたべていると。大きなおむすびの中に2つの石が入っていました。 さんぶ太郎はその石をつまみ出し足もとにかさねておいたそうです。 湯郷温泉観光協会 」とあります。 当地では「つみ岩」と呼ばれ、2個の巨石が重なりあっています。 案内板に出てくる「さんぶ太郎」は鳥取県八頭郡智頭町と岡山県勝田郡奈義町の境に聳える那岐山(標高1255m)から京都まで3歩で行き来した事から「三歩太郎」と名付けられたそうで、母親は大蛇だったとされます。 当初は普通の大きさだったそうですが、母親から授かった霊力のある五色の玉をしゃぶらせるとみるみる巨大化し那岐山に腰をかけると足が瀬戸内海まで届くまでになりました。 また、不思議な事に豊田姫という姫様と結婚し子供までもうけていて、愛人である佐用姫の嫉妬により殺害されるという非常に人間的な一面も持っていました。 これは菅原道真の後裔とされる菅原三穂太郎満佐(武勇に優れ空を飛んだとも。)という実在の人物がモデルになっている為で、満佐は豊田右馬頭の息女を正室として迎え天福2年(1234)佐用の地に戦いで赤松久範に破れ、討死、遺体はバラバラとされ各地に埋葬されています。 これは「さんぶ太郎」が佐用姫に殺害され、体の各部分が飛び散った事にも符号しています。 |
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