高梁市吹屋: 笹畝坑道

  全国の歴史的(遺跡・遺構・遺物・建造物)高梁市吹屋>笹畝坑道

笹畝坑道
笹畝坑道
笹畝坑道:由来・歴史・概要
・吹屋銅山は、大同2年(807)に発見されたのが始まりと伝えられています。

その後の歴史は失われましたが、戦国時代に入ると吹屋銅山が重要視されるようになり毛利氏と尼子氏が所有権をかけて争奪戦が繰り広げられました。

江戸時代に入ると成羽藩領となりましたがその後は天領となり本格的な採掘が始まりました。

特に黄銅鉱、磁硫鉄鉱などを産出し馬に乗せた鉱物は成羽下原まで運ばれ、そこから高瀬舟に乗り換えて玉島まで下り、さらに商船に乗り換え海路で大阪まで運ばれました。

明治時代に入ると三菱による近代化が図られ最盛期には1200人の従業員が働き日本三大鉱山の1つに数えられましたが昭和に入ると急速に衰退し昭和47年に閉山となりました。

現在は坑道が整備され一般公開されています。

高梁市吹屋:観光・旅行見所のリンク
旧片山家住宅郷土館広兼家住宅西江家住宅高草八幡神社船敷山神社山神社
吹屋小学校校舎旧吹屋町役場ベンガラ館笹畝坑道
※リンクは自由ですが、文章や画像のコピーは禁止しています。
プライバシーポリシーはこちらです。※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「岡山県歴史観光案内所」は「岡山県の歴史」、「郷土資料辞典−岡山県」、「日本の城下町−山陽」、「城郭と城下町−山陽」、「山陽道二」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。