岡山市足守: 木下利玄生家

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木下利玄生家
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木下利玄生家:由来・歴史・概要
・木下利玄生は明治時代から大正時代の歌人で子爵だった人物です。

明治19年(1886)、足守藩主木下利恭の弟である利永の2男として当屋敷で生まれ、明治24年(1891)に利恭が死去すると利恭の養嗣子となり後に宗家である木下家を継いでいます。

東京帝国大学国文学科を卒業すると独自の「利玄調」を確立し白樺派の歌人としても名を馳せました。

大正14年鎌倉で死去すると故郷で歴代足守藩主の菩提寺である大光寺に葬られました(分骨が東京の谷中墓地に葬られています)。

屋敷は旧藩邸に隣接した場所に建てられた建物で、当初は藩邸と通路で繋がれていたとされ、その名残が見られます。

建物は嘉永5年(1852)に建てられたもので木造平屋建、寄棟、桟瓦葺、式台付の玄関があるなど格式が感じられます。

長屋門は家臣である禰屋家の表門を明治時代に移築したもので門と同時に蔵としても利用され家宝が保存されていました。木下利玄生家は岡山県指定史跡に指定されています。

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