岡山市足守: 葦守八幡宮

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葦守八幡宮
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葦守八幡宮:由来・歴史・概要
・葦守八幡宮の創建は不詳ですが、応神天皇の皇妃吉備兄媛命の生家があった場所とされます。

応神天皇22年(291)、天皇が当地に臨幸になった際、兄媛命の兄である御友別命のもてなしを受け吉備国を一族に与えられたと伝えられています。

応神天皇が崩御すると中津彦命(御友別命の子供)が天皇の御霊を勧請し社殿を造営、一族を神主として葉田葦守宮と称したそうです。

何時頃から八幡宮となったかは不詳ですが嘉応元年(1169)に製作された「足守庄絵図」には八幡宮の名称が記載されており、少なくともこれ以前から鎮座していた事が分かります。

江戸時代に入り木下家定が足守藩を立藩すると領内総鎮守として歴代藩主が崇敬庇護し社殿の造営や改修、社領の寄進など藩費で賄われ社運も隆盛しています。

又、木下家定は豊臣秀吉の正室であった高台院(おね・ねね・北の政所)の兄(弟とも)とされる人物だった事から豊臣家からも崇敬され慶長12年(1607)には豊臣秀頼が小出吉政に命じて豊臣家の再興を祈願させ神鏡(1面)を寄進しています。

この神鏡は木瀬浄阿彌によって製作されたもので昭和34年に岡山県指定文化財に指定されています。

石鳥居は康安元年(1361)に石大工沙弥妙阿によって製作されたもので、年代が明確な石鳥居としては日本最古とされ昭和31年に国指定重要文化財に指定されています(古文書に記された年代の明確な石鳥居は成沢八幡神社山形県山形市とされ天仁2年(1109)に建立されています。)。

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