倉敷市真備町: 源福寺 |
| 全国の歴史的(遺跡・遺構・遺物・建造物)>倉敷市真備町>源福寺 |
源福寺 |
|
||||||||
| ||||||||
源福寺:由来・歴史・概要 |
| ・源福寺の創建は延徳2年(1490)、榎本梅屋が英厳和尚(華光寺2世)を招いて開いたのが始まりとされます。
江戸時代に入ると岡田藩主伊東家歴代の菩提寺として庇護され岡田藩6代藩主伊東長丘が30石の寺領を安堵した「寺料寄進状」が残されています。 堂内には歴代藩主の位牌が安置され、境内には9代藩主伊東長裕の墓碑をはじめ6代藩主長丘の弟である伊東長煕や8代藩主長寛の子である伊東長之など一族の墓碑が建立されています。 又、近くを流れる高梁川は度々洪水で大きな被害を出しており「明治26年大洪水供養塔」が昭和4年に建立されています(明治26年大洪水では死者200余名、365戸流出)。 |
| ・倉敷市真備町:観光・旅行見所のリンク |岡田陣屋|弁財天|千光寺|横溝正史疎開宅|濃茶のばあさん|源福寺|吉備公館址|吉備公墳| |吉備寺|吉備公産湯井戸|箭田大塚古墳| |
| ※リンクは自由ですが、文章や画像のコピーは禁止しています。 ※プライバシーポリシーはこちらです。※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「岡山県歴史観光案内所」は「岡山県の歴史」、「郷土資料辞典−岡山県」、「日本の城下町−山陽」、「城郭と城下町−山陽」、「山陽道二」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。 |