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聖福寺:由来・歴史・概要
・聖福寺は応永年間(1394〜1428年)に開かれたのが始まりと伝えられています。
正保3年(1646)から日光東照宮の例祭で派遣される日光例幣使の制度が始まると、例幣使が京都への帰路の際に休憩所として利用されています。
又、徳川将軍家が日光東照宮への参拝の際には当地が宿所となった岩槻城と古河城の中間に位置していた為、御殿所(休息所)として利用され延18回に及んでいます。
慶安元年(1648)には3代将軍徳川家光から寺領10石の朱印状を賜っています。
勅使門は例幣使と将軍家しか利用出来ない格式の高い建物で、寛保元年(1741)建築、安政4年(1857)再建、向唐門、銅瓦棒葺き、一間一戸、四脚門、貴重な事から平成3年4月1日に幸手市指定文化財に指定されています。
本堂は昭和元年に造営された建物で、木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、正面1間向拝付、外壁は真壁造り板張り、内部の内陣には本尊となる阿弥陀如来像が安置されています。
その他には運慶作と伝わる観音菩薩像や歴代徳川将軍家の位牌等が安置され、欄間の精緻な彫刻は左甚五郎の作品とも云われています。
又、境内には漢学者金子竹香の碑、参道には芭蕉の句碑(・幸手を行ば栗橋の門 芭蕉・松風をはさみ揃ゆる寺の門 曽良)が建立されています。
聖福寺(埼玉県幸手市北):動画
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